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画家  円山 應舉(まるやま おうきょ)

< b.1733 - d.1795 >   
PgUp 予 告 『円山応挙から近代京都画壇へ』 
2019(平成31)年8月3日[土] 〜 2019(平成31)年9月29日[]
会場:東京藝術大学大学美術館
地域:東京・上野公園
江戸時代、京都では、伝統的な流派である京狩野、土佐派をはじめとして、池大雅や与謝蕪村などの文人画、近年一大ブームを巻き起こした伊藤若冲や曽我蕭白、岸駒を祖とする岸派や原在中の原派、大坂でも活躍した森派など、様々な画家や流派が群雄割拠のごとく特色のある画風を確立していました。しかし、明治維新以降、京都画壇の主流派となったのは円山四条派でした。円山四条派とは、文字通り円山派と四条派を融合した流派です。
円山派の祖である円山応挙が現れたことで京都画壇の様相は一変しました。応挙が得意とした写生画は画題の解釈を必要とせず、見るだけで楽しめる精密な筆致が多くの人に受け入れられ、爆発的な人気を博しました。京都の画家たちはこぞって写生画を描くようになり、応挙のもとには多くの門下生が集まって、円山派という一流派を形成しました。四条派の祖である呉春は、初め与謝蕪村に学び、蕪村没後は応挙の画風を学んだことで、応挙の写生画に蕪村の瀟洒な情趣を加味した画風を確立しました。呉春の住まいが四条にあったため四条派と呼ばれたこの画風は、弟の松村景文や岡本豊彦などの弟子たちに受け継がれ、京都の主流派となりました。呉春が応挙の画風を学んでいる上、幸野楳嶺のように円山派の中島来章と四条派の塩川文麟の両者に師事した画家も現れたこともあり、いつの頃からか円山派と四条派を合わせて円山四条派と呼ぶようになりました。応挙・呉春を源泉とする円山四条派の流れは、鈴木百年、岸竹堂、森寛斎、幸野楳嶺等へと受け継がれ、それぞれの門下から、近代京都画壇を牽引した竹内栖鳳、菊池芳文、山元春挙、今尾景年、上村松園等を輩出しました。彼らは博覧会や、日本で初めての公設美術展覧会である文部省美術展覧会で活躍し、全国に円山四条派の名を広めました。一方で、栖鳳たちは、自身の塾や、教鞭を執った京都府画学校や京都市立美術工芸学校、京都市立絵画専門学校で多くの近代京画壇の発展に資する後進たちを育てています。
本展では、応挙、呉春から戦前までの系譜を丁寧に追うことで、円山四条派の全貌に迫るとともに、日本美術史のなかで重要な位置を占める京都画壇の様相の一端を明らかにするものです。
巡回
2019/08/03 〜 2019/09/29 東京藝術大学大学美術館
2019/11/02 〜 2019/12/15 京都国立近代美術館
展覧会関連サイトへ外部リンク:(別ブラウザが開きます)
 https://www.geidai.ac.jp/museum/





- 画家 円山應舉  展覧会 -

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